10代だけではなく50代の僕も心あたりがある
『10代からの情報キャッチボール入門』 下村健一
岩波書店 2015年4月24日 発行
「10代からの〜」という本書は50代の僕にも思い当たることがずいぶんとあり、一気に読んでしまった。僕が担当している映像の授業の冒頭でも本書を紹介した。ある大学では、受講者が少人数なので、現物を授業時間に回して見てもらっていた。「知りたくもない情報まで見れてしまうSNSにここ最近うんざりするばかりで、スマホを投げたい気分になることもありました。この小さな画面にとらわれていると、ある意味盲目になるのだなと。」とは、ある学生のコメントだった。20代でも30代でもSNSの取り扱いには苦労している人は多いだろう。むしろ自制して上手に付き合っている人のほうが少ないかもしれない。
情報キャッチボールのグローブやバットに相当するのはスマホで、ボールはLineやツイッター、フェイス・ブックといったSNSのためのアプリケーションから投げ込まれてくる。そして同じ方法を使って投げ返す。キャッチボールは相手の立ち位置と距離を確認して、そこに届くように投げるけれども、情報というボールは大きさもスピードも数もさまざまだし、受け取る相手も無数に広がるし、投げてくる人も時には誰だかわからない。どこから飛んでくるのかさえわからない。硬いのか柔らかいのか、本物か偽物かさえ解らない。そんなボールを受け取って投げ返すには、神業のような技術が必要だと思ってしまう。
もちろん本書は、スマホ・ゼロを提唱しているわけではない。これほど複雑に見える情報のキャッチボールを、ひとつひとつ段階的に丁寧に考えていけば、少しずつ相手の立場が見えてくるし、ボールの行方や数も限定的になってくる。手にしている道具ときちんと向き合って、キャッチボールが少しでも上手になるための手引である。とっさに反応する前に、少し考える事、これだけでもスッテプがひとつ上がることを伝えている。子供の頃「食事の仕方」や「道の歩き方」を身につけたように、情報のキャッチボールも「何でも口に入れてはいけない」「道に飛び出してはいけない」ということから始まる。
僕はこの手のツールは、FBだけを使っているが、自分の意見を投稿したり、他の人の意見にコメントしたりしてから「しまった」と思ったことが何度かある。「これを見て気を悪くしたんじゃないか」とか、「余計なことを書いたために、都合の悪いことが他の人にも知られてしまったかな」などと後悔して、投稿やコメントを削除したりしたこともある。50代でもそういう失敗はあるから、多感な時期にたくさんの言葉をやりとりしている10代ならば、そのリスクも大きいはずだ。
本書は「君は、〜」という問いかけで進行する。もしも君がLineでこんなメッセージを受け取ったら? という一貫したスタイルはとてもわかりやすく身近な問題提起だと感じる。事実、身近に幾つもの似たような問題が発生している。下村さんは、本人が事実誤認の被害者になってケースをまず紹介している。「ある市議のブログに書かれた下村の『正体』」の項では、「ここでは書けないような破廉恥事件」の当事者にされ、「愛人に訴えられ」「長期謹慎処分を受けていたイメージが、フラッシュバックするのです。」と書かれたことを例示する。テレビ番組で性犯罪被害者の裁判について、下村さんの取材が放送された1時間後に、それを見た市議が下村さんへの不信感を覚えて自分のブログに書き込んだそうだ。市議のコメントに対する読者からの疑問の提示、それに対する市議の書き込み、さらに反省と謝罪の書き込み、を時系列で紹介する。しかし、反省や謝罪があったからといって一見落着ではなくて、謝罪までの経緯をすべての人がたどったわけではないことも付け加えている。こうした丁寧な例示は、次項の「情報をしっかり受け取るための4つのギモン」、「情報をしっかり届けるための4つのジモン」を説明するための具体的な材料になっている。
若い人がSNSとの付き合い方に悩んだり、友人関係や家族関係でトラブルを抱えていたりしていたら、ぜひ読んでほしいと思う。気持ちが少し楽になって、次の情報が届く時の心構えになるだろうし、自分が何かを書こうとした時にその言葉が届いた後のことを想像できるようになるだろう。そしてこれは若い人だけの問題ではないな。こうして書いている時に、4月22日に爆発事故があった「三井化学大竹工場で劣化ウラン弾の弾頭を製造して、米軍海兵隊岩国基地に供給している」というFBの投稿があった。投稿者は「未確認の情報だけれども、記事ネタとして」と断り書きをしている。「本当かな? でも、立地的にもありえそうだ。」と思ってしまう記事だ。今も、次々にこうした情報やコメントがが届いている。
この本は、5月23日に「NPO・市民がつくるTVF」の年次総会が行われた時、ご本人から頂戴した。もちろん頂戴したから紹介しているわけではない。本当にわかりやすくて誰かに教えたくなった。
下村さん、ためになる本をありがとうございました。
「馬フンをさわれ」という豊かな体験
『馬フンをさわれ』
構成・編集・撮影:込山正徳 撮影:片岡高志 取材:澤裕之 若宮しのみ
協力:パカパカ塾
2015年5月24日 14:00〜14:55 フジテレビ「ザ・ノンフィクション」O.A
同級生の込山くんから番組の告知がきていたので、先ほどまで観ていました。自分自身の体験など、いろんなことを思い出しながら観ていました。
独自の教育理念を持ってそれを小学校の教師時代から実践してきた春日先生がこの物語の中心にあります。長野県伊那の小学校教員時代には、子どもたちと一緒に馬を飼いクラスで世話をするということを活動に組み入れていたそうです。当時の保護者の半数は成績が心配だということで反対し、半数は春日先生の方針に賛成していたそうです。退職後に「パカパカ塾」を開き、そこでも馬の世話をするという体験をつうじて「たくましく生きること」「自立すること」を子どもたちに伝えていこうとしています。番組では詳しく触れていませんが、NPO法人として運営しているようです。支援者と今後の塾のあり方(「閉鎖することもひとつの現実味である」と話していました。)を考えるシーンがありました。塾生が減少すれば当然運営費用に行き詰まることもあったでしょう。どのくらいに月謝なのかは具体的にはわかりませんし、卒業生なども寄付をしているかもしれませんね。
『馬フンにさわれ』というのは象徴的なワンシーンです。集められたいくつかの馬フンを子どもたちに素手で触らせて、その団子ほどの大きさに糞を割ってみる。いきものの世話をするということは当然のように、糞尿の始末をし、その死にも立ち会うということです。また、種付けのシーンも印象的です。二頭のオスメスを柵の中に放って、交尾をするまでを見せる。残念ながら種付けは成功しなかったけれども、間近に見る動物が生きるための行為は衝撃的だったでしょうね。
この物語は7年間の時間を持っているので、もう一人の中心は小学生で塾にやってきたヤンチャな少年です。父親の突然の死を受け入れることがなかなかできなかったといいます。一時期塾に現れなかった彼は、中学3年になってまた、塾に通い始め、最後には春日先生から手作りの卒業証書をもらいます。自分勝手で攻撃的で落ち着きのなかった少年が「卒業」するという、もうひとつの中心があります。新たに入塾した姉妹も、塾での活動で大きな変化があったようです。最長老の馬の世話を任されたその妹は、世話をした馬の最後にも立ち会います。
この物語が描いているのは、信念を持った頑固な教育者と、たまたまその教育に触れた子どもたちの特別な体験だと思います。それがこの番組の問題提起だとも思うんです。特別な場所での特別な体験だけに終わらせてはいけない。視聴者が「こういう環境で子どもたちを育てられたらいいよね〜」で終わってしまってはならないと思いました。番組では触れていないけれども、この地域の雇用も限られているのだと思います。新規に移り住んできたとしても、十分な雇用がなければ生活ができない。新規就農にも様々な問題点があることも知っています。それでも、日本の各地にはこの地域と同じように豊かな自然環境があって、生き物の世話や農業などを体験できる土地はたくさんあるはずです。しかし、そこで体験学習や教育を行おうとすれば、運営に苦労する。生活や学校教育の一環ではなくて「特別な体験」だからです。どうすればもっと当たり前の体験になるのか? その体験を、成績の上下などよりも重要だと考えることが出来るのか? 地域創世などという言葉は、雇用の創出と教育理念の浸透がセットになるべき課題ですね。
余談ですが、僕は幸いにして小学校時代を「田舎」で過ごしました。同級生の家で飼っている牛を見せてもらったり、養豚を営んでいた家では、子豚の出産や、豚の餌づくりを手伝ったこともあります。おじさんが牛の睾丸を指さして、「これも食べられるとよ」と教えてくれた時はショックでした。そういう体験は鮮明に、今でも覚えています。
ありがとう込山くん、今回もいいものを観せていただきました。
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