悲劇や苦難ではなく、戦時下の女性の苦悩として
『この国の空』
監督・脚本:荒井晴彦 原作:高井有一
詩:茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」
出演:二階堂ふみ 長谷川博巳 富田靖子 工藤夕貴
2015年 130分 2015年8月24日 シネ・リーブル池袋
1945年、終戦が近い頃の東京杉並の住宅地が舞台になっている。戦争の悲劇といえば、肉親の無残な死や理不尽な徴兵、残された家族の苦難が想定されるのだが、この映画は静かだ。里子と母は父親を失い、残された家で空襲に怯える日々を過ごす。しかしその食卓は、よく目にする戦時の食事と比較すればまだ、ましなことが解る。隣人の銀行員・市毛はバイオリンを引くことを趣味としていて、新聞記者の知人から、リアルな戦況を得て、冷静に振る舞う。この市毛や奥田瑛二演じる隣人の服装を見ても、都心の豊かな勤め人が済む地域だと解る。爆心地や疎開先ではない、合わばありふれた中流家庭の戦時下の様子が、淡々と描かれていて心地よい。
二階堂ふみが演じる里子の言葉遣いを何処かで聞いたことがある気がしていた。誰だっただろう? 途中で思い当たったのが原節子だった。当時の東京の、下町ではない場所で育った言葉だろうか? 妙に落ち着いた言葉の調子が懐かしくもある。工藤夕貴はエンドクレジットが出るまで、そうだとは気が付かなかった。僕の中では『ミステリー・トレイン』で止まっていたからか。気丈だが大人の女を残した不思議な母親を、スッキリと演じていた。
ラストの詩「わたしが一番きれいだったとき」を詠むことは、二階堂の発案だったと新聞で読んだ。戦時であっても、19〜20になる頃の、ごくありふれたひとりの女であった女性の言葉は、黒いバックになっていっそう美しく響いた。
3つのコードでも「ロック」はできる
『山陽西小学校ロック教室』
監督:本田孝義 2013年 42分
https://www.facebook.com/pages/映画山陽西小学校ロック教室/300336256795544
先日、監督の本田孝義さんから試聴用にDVDを送っていただき拝見しました。ほんとうに楽しかった。僕は2009年から新宿の子どもたちと映像ワークショップを続けています。集まってきた子どもたちと一緒にビデオカメラを使って遊びます。「ビデオしりとり」や「自己紹介ビデオ」「ボールリレー」などを作りました。東京の福生市や鳥取県でもそんなことをしました。そしてロックもやっています。僕は子どもたちとロックをやろうと思ったことはないけれども、本当に面白い取り組みなのだと思いました。僕はビデオカメラも楽器みたいなものだと書きました。言葉以外で自分を表現できる道具なんです。
森内ベースさんは、小学校の体育館で自分のバンドの演奏を見せて、2ヶ月後に子どもたちが「ロック教室」に集まってくるのを待ちます。まずは子どもたちにアンプに繋いだ楽器を触らせます。ボリュームを上げると、電気楽器特有の大きな音がするし、歪んだりもします。とにかく指で弦をはじいてみると、ブ〜ンという音がする。それだけで興奮してしまう。ひとりづつギターやベースを肩にかけてとにかくカッコつけて弦を弾いてみる。大きな音を出す。これがロックの始まりです。
単音でGの音を出す。ギターはGのパワーコードを覚え、ピアノとベースで同じ音を出してみる。同じテンポで音を出すとなんとなくバンドみたいになる。Gができればそのままの形で右にずれしていくとAやCの音が出る。弾き方は気にしない。班に分かれて曲の練習を始める。そうだ、3つくらいコードが弾ければ、後は鼻歌でも曲らしくなってくる。各自が歌詞を書いてみる。数日後にみんなの前で披露する。この詩がほんとうに面白い。この映画のチラシにも書いてある「時々遅刻 音楽苦手 宿題めんどい 掃除めんどい 勉強あとまわし でも足早い〜」など、パンクだと思いました。メロディーがつくとどんどんそれらしくなっていきます。森内さんの指導でテンポが揃ってきます。そう、こうやって「ロック」ができるんですよ。
3つの班がそれぞれのオリジナル曲を体育館で披露します。保護者も呼ばれているのたくさんの観客のまえで、緊張の初舞台ですね。曲の前に自作の詩を朗読してから演奏する班もありました。これもとても等身大で斬新な詩です。
そして、この初舞台はもしかすると学校ではない場所のほうが面白かったかもしれませんね。小学生なのでいろいろな制約もあったでしょうが、ライブハウス等ではなくても、公民館とか地域センターとか、学校という空間とは別の場所で演奏すると、気持ちがいっそう盛り上がるかもしれませんね。
楽器はどれも上手になるのは難しいけれども、ロックは上手にならなくても気持ちで表現できるんです。3つのコードで思いを伝えることができる。小学校でもっと「ロック」を取り入れてもいいですね。ちなみの僕は小・中学校はず〜と音楽が「2」でした。
日曜日の早朝に『ジョン・ラーベ』を観ること
『ジョン・ラーベ 〜南京のシンドラー〜 JOHN RABE』
監督:フロリアン・ガレンベルガー
出演:ウイリッヒ・トゥクル チャン・チンチュー 香川照之 柄本明 杉本哲太 AKIRA
2009年 ドイツ・フランス・中国 134分 http://johnrabe.jp
8月2日(日曜日)の早朝に目が覚め、買っておいた『ジョン・ラーベ』を観た。こういう日曜日の始まりもなかなかすごい、と自分で思う。観てよかったし、僕は普段はあまり他の人に「観るべき」などと言わないけれども、虐殺そのものが事実に反するなどという見解を聞くと、多くの日本人が観て、この映画を材料に様々な場で論議をすればいいと思う。数万人とか30万人とかいう数字ではなく、映像からは多くの「ひと」の顔や姿を想像できるし、ひとりひとりの事情も見えてくる。数万や30万とは「ひとの累計」であって、単なるデータではない。
僕は週刊金曜日に連載されている辺見庸の『1937』をずっと読んでいる。2週前からは辺見氏の父・和郎氏が中国から復員して10年後に石巻新聞・夕刊に連載された『さらば蘇州よ〜わが二等兵日記』がとりあげられている。復員後に石巻新聞の記者になった父の従軍日記を、これまで正視してこなかったという。父親が中国で何を見て、何をしてきたか? それをどのように記述しているのか? 辺見の父親への問いは厳しく悲しい。日本兵による記述を合わせて知ると、いっそう深い理解ができる。
2009年に制作された『ジョン・ラーベ』は、公式HPを見ると、これまではほぼ自主上映で公開されている。今後の劇場公開は僅かな情報しかない。劇場の側からすれば、噂を聞きつけた(映画を見ないで)街宣車に抗議や妨害をされたらたまらん、ということだろう。それは理解できる。これまでも『靖国』をめぐって2008年の公開時に上映中止騒動が起こっている。あの手の団体は理屈では動いていないので、映画の中身や表現は関係ないからもっと困る。
DVDに入っている冊子を読むと、史実とは違う箇所が指摘してある。こうした違いは映画の脚本上の問題であるが、史実を大きく変えない限りは許容範囲であろうと思うし、134分で描ける「ものがたり」にするわけだから、史実の解釈と再構成は表現の重要な要素だろう。映画では日記に基づき1937年11月末から12月25日(クリスマス)あたりまでが描かれているが、ジョン・ラーベの日記は9月から翌年2月までが語られているそうだ。妻、ドーラとの劇的な別れの場面があるが、実際には既に南京を離れていて、ラーベは単身で生活していたという。
おそらく問題視されるとすれば、朝香宮鳩彦(香川照之)の描き方だったのだろう。ラーベの日記でも、朝香宮との面識は書かれていなかったようだ。冊子には戦後の米軍による朝香宮への尋問も引かれており、映画のように公式な面談や朝香宮への直接抗議の場、安全区閉鎖を強行しようとする日本軍に射撃命令を下す朝香宮と対峙するラーベという事実はなかったようだ。朝香宮が捕虜の中国兵を殲滅するように命じるシーンもあるが、尋問によれば捕虜は労役につかせ、虐殺の事実を知らなかったと証言している。こうした描き方を瑣末な改編と見るか、表現上の演出のひとつと理解するか、重大な悪意と解釈するのかは観た者の判断だろう。
劇映画である以上、事実に反することはある。古くは本多勝一が『ディア・ハンター』の監督マイケル・チミノに手紙を書き、北の兵士が捕虜を使ったロシアン・ルーレットしていたという事実はないと指摘し、蓮實重彦は戦争映画そのものの虚構を前提に反論していた。
この映画をもしも日本政府が政治的に問題視するとすれば、政府の態度を批判した箇所と件の数字の問題であろう。映画のラストでは次のような記述がある。「南京安全区のおかげで20万人以上が虐殺を逃れた それでも膨大な数の犠牲者が出た 統計調査(字幕では単にCensuses)によると死者は30万人を超えるという 今日に至るまで日本政府は 公式に南京大虐殺(字幕ではThe Dimension of the Rape of Nanking)の被害の大きさを認めようとしない」という記述であろう。ここではRape of Nankingの表記を採用している。Rapeは強姦・強奪・破壊を合わせた意味であろうけれども、虐殺(slaugterやmassacre)は選ばれていない。
この映画が日本ではほとんど公開されなかったし、これからも公開には困難があるだろう。文科省が後援してもいいくらいだと思うけれどもありえないだろう。ことによると会場を借りることも難しいかもしれない。見せないようにするという政治的な介入はないにしても、2009年よりももっと困難な時期かもしれない。
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