成人の日に『ヤクザと憲法』を観ること
『ヤクザと憲法』
監督:土方宏史 プロデューサー:阿武野勝彦
東海テレビ放送 2015年96分 HD
http://www.893-kenpou.com
成人の日に『ヤクザと憲法』を観てきました。祝日ということもあってか、ポレポレ東中野は満席で、座布団を敷いた通路席まで用意していました。ドキュメンタリー映画で満席というのが、ドキュメンタリーを応援している者としては嬉しいですね。
見終わってしばらくは黙って考えていました。たぶん、いろいろな意見があって、様々な場で論議がかわされていることでしょう。論議の対象となる映画はとても面白い。
ヤクザの始まりは江戸時代の火消しらしいという説明が出てきます。火消しの組には危険を顧みずに我先にと火事現場に向かう、勇ましい男の姿があったことでしょう。誰が、どこの組が一番勇敢だったのかも競われたのでしょう。そういう男たちの親分がいて、組の者の世話をしていたのかもしれません。歴史的な事実は調べていないのですが、もしかすると「火消し」はその後、地域の揉め事も解決する火消しになっていったのかもしれません。調停や仲裁をする信望のある強い親方がいたのかもしれません。ヤクザは賭場の仕切りや祭りの仕切りなどをしていたようですが、地域にとっては「必要悪」として、ある時は頼りになっていたのかもしれません。
木村栄文さんの『祭ばやしが聞こえる』(1975年)には、九州のヤクザの親分の姿が描かれます。銭湯で背中を流しながら、親分(テキ屋だったか?)にインタビューする木村栄文さんの姿が印象的でした。この映画の親分は、地域の祭でテキ屋(的屋)の出店場所を割り振ったり、祭りそのものを円滑に進める役割を担っています。各地からやって来るテキ屋が争わないように、うまく文句のでないような場所割をする大切な役割です。当然、場所代も受けとっていたことでしょうし、それが仕事としてセオ律していた時代です。この番組では、この親分のような古いタイプがやがて代替わりしていくことを併せて描いています。地域の組が、やがて現代ヤクザに変わっていくことを暗示しています。
地域の必要悪として役割を持っていたヤクザは、その地域だけで存在感を維持していれば、現在のような状況にはならなかったのかもしれないな、と思いました。いいことではないけれども、ある種の信頼関係で繋がっていたヤクザとテキ屋、水商売や興行師などの関係は、地域にとどまっていた限りではそれほど大きな問題ではなかったのかもしれない。やはり、広域化して勢力を拡大した組が現れたことで、巨大なピラミッド構造ができてしまったのだと思います。組織が大きくなれば、上納金などが拡大し、勢力争いに拍車がかかる。その繰り返しが、現代ヤクザの抗争だったのでしょう。その辺の事情には詳しくありません。
この映画で指定暴力団が21団体であるという実数を知りました。それらを頂点として、その配下の組があり、その系列に幾つかの小さな組が連なるという構造のようです。映画では「二代目東組二代目清勇会」が描かれます。部屋住みの二人の組員は、ひとりは出所したばかりで組の事務所に住み込み、もう一人は21歳で自分から組で仕事をすることを志願して門を叩いたそうです。一番若く下っ端の彼は、これまでの若い志願者のイメージを覆します。非行と暴走族を経て組員になりたがるヤンチャな若者ではなく、どちらかと言えばおとなしそうな、不器用そうな若者です。おそらく彼は、学校ではいじめられる側であったか、家庭で居場所を失ったのか、そういう訳を抱えていそうな若者です。この組にかぎらず、居場所を求めてヤクザになろうとする若者がいるのでしょうか?
山口組の顧問弁護士・山之内幸夫も重要な役割で登場します。組との関係で幾つかの係争を担当し、恐喝容疑で起訴され、無罪となり、器物破損教唆罪で最終的には懲役10ヶ月の実刑判決がくだされる。すなわち、弁護士の資格が剥奪され、仕事を継続できなくなります。この弁護士の言葉は、マスメディアでも伝えられていました。「有罪で開き直り、顧問料は月20万」といった、判決後の見出しも検索できました。声を荒げて抗議声明を出したと書かれています。この映画で見る限りは、その語りはとても穏やかです。事務所も質素で事務のおばさんが今はひとりだけ働いているのだといいます。判決後に事務所に戻り、判決を「仕方ないかな〜」と受け入れる姿は、映画向きの演技なのでしょうか?
この山之内弁護士の姿は、この映画を見る限り、制作者は擁護しているように映ります。「ヤクザが社会からドロップアウトした人間の受け皿だ」という主張も、この流れではついうなずいてしまいます。車の修理で揉めたという組員のひとりが、保険金詐欺請求未遂というよくわからない罪名で捕まり、事務所に強制捜査が入る際も、カメラはむしろ警察と対峙しています。「乱暴なのはどちらなのか」と思ってしまう。もちろん、組員が高校野球の賭博をしきっていたり、どうやら薬物を売っているらしい現場も捉えています。これは明らかに悪事だし、犯罪です。だからその稼ぎ方を肯定することは到底できません。ヤクザはいなくなった方がいいし、抗争もなくなればいい。それにしても、このやり方しかないのか? というのがこの映画の趣旨だと思います。
この映画自体が、指定暴力団の印象を和らげていることも事実です。それが、「ヤクザへの利益供与」にならないだろうかと心配です。
「この男を殺しても、同じことが繰り返すだけだ」
『独裁者と小さな孫』
監督:モフセン・マフマルバフ
2014年 119分 ジョージア=フランス=イギリス=ドイツ ジョージア語
モフセン・マフマルバフが亡命していたことを知らなかった。自国で制作した映画の公開禁止や検閲に抗議してのことだという。HPのコメントにフランスで2回、アフガニスタン2回、イラン政府によって暗殺されそうになったと語ってる。同時に『カンダハール』が(2001年)15年前の作品だったのかと、不思議な隔たりを覚えた。
映画を観ながらどこの言葉なんだろう?と考えていたら、ジョージア語と書いてありました。このジョージアという呼称がどうしてもなじめない。パラジャーノフの映画とともにグルジアという特異な背景を思い出すからだろう。相撲取りの出身地のアナウンスでも、グルジアのほうが混乱も少ないと思う。
このところドキュメンタリー映画も含めて、後味の悪い映画ばかり見ているように思う。自分で選んで見に行っているからしかたがない。むしろそういう映画を好んでいる。この映画も「痛み」がある。架空の国の独裁者である大統領は、電話一本で街中の明かりをすべて消すことができる。孫にその様子を見せ、孫にも命令させてみる。街中の明かりが消えるさまを見て、孫は喜んでいる。そんなシーンからスタートする話は、命令しても明かりがつかない街で響く銃声によって、大きく動いていく。反政府行動が武力革命に一気に展開する。独裁者とその家族は一夜にして逃亡者となる。「大統領」と幼い孫との逃亡の旅が、その後の殆どの時間を占める。
独裁者による富の独占と、搾取される貧しい民、反政府運動と投獄・拷問といった、判で押したような悪政は、今でも繰り返されている。架空の国ではあるが、幾つかの国や紛争地域が思い浮かぶ。逃亡の経過で繰り返し現れる自らの独裁政治の「結果」を、抑圧された民の側に身を潜めて知っていく大統領は、「なぜ逃げなければならないか」という孫の素朴な質問にも答えに窮する。街中に張り巡らされた自分の肖像は、幾つもが炎に包まれ、落書きされ、破壊される。もちろんそこにはサダム・フセインが想起され、逃げ続ける「大統領」が発見されて捉えられる際にも、身を潜めた場所から引きずり出されるさまは、テレビの映像を思い出す。
「大統領」をとらえた貧しい民は、首を吊るせと言い、賞金のためにその首を差し出せという。その時の一人の民の言葉が、おそらくは監督のメッセージなのだろう。「この男を殺しても、同じことを繰り返すだけだ」と。
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