美しい映像が、自分の貧しい記憶を超えて迫ってくる
『風の波紋』 監督:小林 茂 2015年 99分
その厳しい土地に定住しようという決意がどこから醸成されるのか? 僕には解らない。築200年という古民家を譲り受けて、改装して住むということ。それが2011年の震災を経て傾き、その家を諦めずに傾きを直し、また、住むということ。そこに定住するための原動力は何なのか? この映画は、それを教えてはくれない。
木暮さん夫妻は、そこで生きている。借り物だという田を耕し、「ぜんぜんいやじゃあないよ、これが俺のキャンパスみたいだ」と言う。本当だろうか? と思う。その答えも、この映画にはない。でも感じ取ることは出来る。たぶん本当なんだと、映画を観終わって思う。それが映像の力だったのだと改めて思う。圧倒的な自然と、圧倒的な映像の力が、言葉を超える。美しい映画に特有の映像による言語が、そこにはあった。
樽川さんの言葉だけが、すべてだった
『大地を受け継ぐ』 監督:井上淳一 2015年 86分
https://daichiwo.wordpress.com
僕は疑問に思った。この映画の力は何なのかと。福島県須賀川市で農業を営む樽川和也さんの言葉がすべてだ。90分位を樽川さんの家の座敷で、その話を聞いている。冒頭の新宿のシーンで、バスに乗り込む若者たちが映される。その若者たちは、じっと樽川さんの言葉を聞いている。観客も聞いている。若者たちは1日だけ、樽川さんの思いに、想像を傾ける。観客も同じようにそこにいる。カメラも、監督もそこにいる。
この映画を観終わったあと、予定にはなかった監督の挨拶があった。「この若者たちの中に、引っかき傷のように、樽川さんの言葉が残ればそれでいいのではないか」と監督は言った。映画のラストで新宿駅に三々五々消えていく若者のの映像は、きっとこの一日の体験が、それぞれに記憶されていくのだろうな、という印象は残す。事実、その後の彼らのコメントは、パンフレットに記されているのだという。僕はその言葉を読む気持ちになれない。原発の後、お父さんが先行きに絶望して自殺して、それでも農業を続けている樽川さんの言葉を直接聞いた若者が、どんな言葉を残したか? 実はそんな言葉はどうでもいいのだと意地悪く考えてしまう。 11人の若者のうち一人でもその引っかき傷のようなものを大きな問題として抱えたからといってなんなのだ。物事はもっと大きな問題なのではないか? いや、もちろん、わざわざ話を聞きに行った若者たちが、どういう受け止め方をして、それを誰かに話しをして、それが次に繋がるかもしれないという希望は理解できる。では、この映画そういう希望を見据えた問題提起の映画だったのか? 僕は、この映画が、『ショア』のように、幾つもの証言を集めた映画になれば意味があると思う。
監督は、樽川さんの沈黙の奥に、大きな問題があり、その沈黙を伝えたかったのだと言った。僕は今、その沈黙の奥底の問題を感じ取ってもらいような場合ではないと思う。樽川さんの沈黙に意味を見出すよりも、もっと伝えなければならなかった映像があったんではないか? 僕の不満はその一点だ。 この映画はよく言おうとすれば、小川紳介の『三里塚部田部落』のように、言葉以外の動きはない。しかし、そうだろうか? 僕はこの映画に、若者たちの体験を持ち込んだ時点で、映画の意味は違ったはずだと思う。だから、この映画をあえて、ダメな映画だったと言いたい。
もちろん、樽川さんとお母さんの言葉を大切にしたいという意志は、最大限に尊重したうえで。
僕が観たのは「牡蠣工場」だった。
『牡蠣工場』 監督:想田和弘 2015年 145分
僕が観たのは「牡蠣工場」だった。岡山県のある港の、そこで何件かの水産業者が牡蠣の養殖を営む「牡蠣工場」だった。それ以上の情報はない。いや、本当はたくさんの情報があった。でもそれは、日本の水産業の、そのうちの牡蠣養殖業の、岡山県のとある港の、何件かの水産業者の、そこで働く何人かの人たちの、いつもの日常だった。そこで無邪気に遊ぶ子供達とか、近所で「しろ」と呼ばれているが実は「ミルク」という名前であるネコとか、後継者の不足から中国人を旅費を捻出してでも受け入れる様とか、そのために仮設のユニットハウスを62万円で購入して受け入れ準備をする様子とか、一度名前を紹介されただけでは誰だか覚えられないおばちゃんとか、総じてこの牡蠣養殖とという産業は、厳しい状況にあるのだということとか。
想田監督が「観察映画」第6作などと、あえて画面に出すことの意味を掴みかねていた。この種のドキュメンタリー映画は、あえて「観察映画」などと呼ばなくても、これまでにも幾つもあったではないか? でも、あえて「観察映画」とその手法を特権化しようとする意図は何なのか? おそらくはドキュメンタリー映画を見続けてきた者には、それほど珍しいわけではない手法や覚悟を、あえて、日本映画のなかでそういう特別な「覚悟」を示したのだと思う。自分はこういう映画を作っていくし、それを「観察映画」と呼ぶことで特権化する。それは、映画のためではなくて、日本のためだ、と言われている気がした。
僕は、想田監督の意思を尊重するし、こういう映画がもっとたくさん作られればいいと思っていいる。だからこそ「観察映画」という言葉を持ち出すことにも意味がある。状況の説明をしない。観たものだけを伝える。憶測などのコメントをしない。メッセージ性を言葉にしない。そういうことだろうか? それは正しいと思うし、特別なことではないとも思う。でも、続けて欲しい。日本のもっとたくさんの地域の何かを、こういう方法で伝えて欲しい。誰かと戦わなくても、行き詰まるような緊張感がなくても、誰かを傷つけなくても「映画」はできると思う。
僕もいずれ、「水俣」でこういうことをしたいと思っている。
「あるがまま」をただみつめるだけだった
『袴田巌 夢のなかの世の中』 監督:金 聖雄 2016年 119分
http://www.hakamada-movie.com
撮影対象の人物やその家族の時間を、まるで一緒に過ごしたかのような錯覚を覚えることがある。そんな時間の共有ができるような映画に惹かれる。もちろん、限られた上映時間で完結する映画は、制作者の側の時間配分にコントロールされる。ゆっくりとしたテンポの長回しだから時間を共有できるというものでもない。それでも、登場人物と同じ時を体験しているような感覚を覚えることがある。この映画もそうだった。
監督の金 聖雄(きむ そんうん)さんの映画では『SAYAMA 見えない手錠を外すまで』(2013年)がそうだった。あるいは本橋成一さんの『アラヤシキの住人たち』に、同じような時間感覚を覚えた。いずれも大きな出来事が起こるわけではない。とりわけこの『袴田巌〜』は、現実世界に戻された元死刑囚が、経験した日数のほうが少ない「当たり前の日常」を送る映画だ。その日常とは、袴田さんの意識の中では、時々どこか違う場所の出来事のように、容易に妄想の世界と入れ替わる。獄中で書かれた手記には、すでにその妄想の世界が見える。犯罪者も死刑囚もなく支配者もなく、あるいは自分が支配者で、云々といった、どこを指しているわけでもなさそうな世界が、確かに袴田さんの頭のなかにはありそうだ。時にその世界の住人であり、現実に秀子さんと暮らすのは、老いた兄である。
死刑判決を受けながら無罪を主張し続け、2014年3月27日に冤罪に関わる再審が決定して、48年間の拘留から妹・秀子さんのもとに戻った。戻ったというよりは、48年間疎遠だった肉親と再会して、生活をともにし始めたということだろう。48年間の拘留を想像することも出来ないし、無実でありながらその言葉が届かない無念さも理解できるはずはない。そこでどんな精神的な変化が起こったとしても、無理はなかろうということくらいしか思いを巡らせることは出来ない。それは、家の中の決まった場所をひたすら歩き続ける姿を見続けることで、ほんの少しだけ解った気になるのだ。昼寝をしている姿も、食事をしている姿も退屈だとは思わなかった。
「巌のあるがままの姿を見て欲しい」と、チラシには秀子さんのコメントが載っている。あるがままを約2時間見続けることが出来たのは、袴田さんが、今を生きていることだけが真実として伝わるからだろう。もちろん、冤罪とその被害者という国家による犯罪が描かれている。それでも、この映画には、掘り下げるような意味や意図、あるいは批判やメッセージがあるようには思われない。ひたすら現実の表側を流れる二人の日常しかない。
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