2016.06.09 Thursday

だれにでも思い当たる細部が積み重なり「かつてそこにあった」匂いがする

JUGEMテーマ:映画


『海よりも まだ深く』 
原案・脚本・監督:是枝裕和 撮影:山崎 裕 2016年 117分 日本


だれにでも思い当たるような出来事が積み重なって、「かつてそこにあった」ような匂いがしてくる。ありふれた家族とは少しだけ違うけれども、当たり前の感情をそれぞれが持っていて、少しだけ気を使い合っている。むしろそういう家族が少なくなったのかもしれない、と思う。

郊外の団地は、1960年代に次々に作られ、当時は「あこがれの団地住まい」だった。そういうPR映画を観たこともある。その映画には、申し訳程度のベランダに、わざわざテーブルと椅子を設置してウイスキーを飲んでいる姿があった。銭湯に行かなくても自宅に風呂があり、畳から椅子、座卓からテーブル、雨戸からサッシ、そしてインスタントコーヒーや紅茶とクッキーが団地生活のシンボルだった。そんな団地はどこも住人の高齢化と建物の老朽化が進み、ここ十数年は建て替えが工事が進んでいる。

『海よりもまだ深く』で描かれるのは、まさにそんな団地の記憶であり、そこで育った子どもたちが、それぞれに家庭を持ち、父親の死をきっかけに、その記憶を再び醸成するような物語だった。描かれる細部は、どれも記憶の隅にあり、言われなければ忘れてしまっているようなものだ。例えば、母親が狭い台所を通って干した布団を部屋に入れる。テーブルでは娘が喪中の葉書の宛名を書いていている。そのテーブルには雑多なものが置かれている。冷蔵庫の中のカップで凍らせたカルピスはなかなか溶けず、「冷蔵庫臭い」という。大切なモノが米びつや押入れの戸袋に隠してある。風呂はところどころ黒ずんでいて、久しぶりに入った息子は、浮かんできた風呂釜の汚れをすくっている。

事件といえば、台風が近づき通過して行くことくらいだ。この台風は、元家族の気持ちを少しだけ揺さぶりはするものの、また、元の日常に戻っていく。この少しだけ揺さぶられた気持ちの機微が美しいと思う。相米慎二が『台風クラブ』で描いたのは、中学校に取り残された生徒たちの突発的な気持ちの昂ぶりだった。台風はその引き金として、彼らの気持ちを大きく揺さぶった。今、台風は大人になりすぎた夫婦を大きくは変えないけれども、遠慮がちに興奮する子供の姿が、自分たちを写しているようにも見える。聞き分けのいい子供は、野球選手には「なれるわけがない」と悟り、大きな夢を見るよりも「地方公務員」になりたいという。父親は自分がそうだったことを思い出すが、今は、「小説家になったことがある」夢の記憶をたどりながら、食うための仕事とギャンブルで生きている。台風の夜に、タコの形をした奇妙な遊具の下で過ごしたことがあるという父親の話は面白い。悪友と給水塔に登って降りられなくなったという話は、冒険のし過ぎで迷惑をかけた自分の姿を映し、今、息子とはタコの遊具の下で過ごす。行き過ぎない冒険は、控えめな息子を適度に刺激する。息子に買ってあげた宝くじが、台風の夜に散乱し、雨の中を「元家族」がみんなで拾うシーンは、そんな微妙な将来を暗示しているように思う。

オリジナルの脚本の映画が少なくなった。マンガやベストセラー小説、テレビドラマの劇場版ばかりが増えている。こういう美しいオリジナル脚本の映画が、もっと観たい。

 
2016.06.01 Wednesday

「まずは観ておこう」と思った映画は「とにかく誰かに話したくなる」映画だった


『ヴィクトリア 』
監督:セバスチャン・シッパー 撮影:ストゥルラ・ブラント・グロヴレン 2015年 ドイツ 139


140分のワンカットであることも予告編で知って、これはどんなに退屈だったとしても見ておくべきだと思った。その試みに敬意を表したかったからだ。
すさまじい映画だった。前半の数十分は、ヴィクトリアがクラブで出会った若い男たちと、ダラダラと酒を飲んで過ごす。日本でも見かけそうな、珍しくはない状況が続く。午前4時だと誰かが言った。明らかに品のない若者たちに、嫌悪ではなく僅かな共感を頼りに惹かれていく危うい娘がいる。一旦は若者と別れ、そのうちの一人・ゾンネに送られ、早朝から開けなければならない勤め先のカフェで、自らの挫折を語る。ピアニストになろうとしていた日々は、多くの同じような夢を見る若者がそうであるように打ち砕かれ、ヴィクトリアはベルリンに来たのだという。ゾンネと少しだけ通じあって、何事も無く明けるはずだったその日は、まだしらんでもいない頃に一変する。
「やばい仕事」に巻き込まれる。ありがちなストーリーだと思うが、その展開の速さに目を奪われた。強盗に言ったんは成功し、逃走し、冒頭のクラブで成功に酔う。再び逃走、銃撃、仲間の死、逃走、ゾンネの死、逃走。めまぐるしく変わる状況が、ワンカットで撮影されていることを忘れ、そのことに気がついて驚く。
自分が見ておくべき映画というだけでなく、誰かとその凄さを共有したくなる映画だった。

 
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