描かないことで現れる空間の面白さを再認識した映画だった
『午後8時の訪問者』
監督:ジャン=ピエール&ジャック・ダルデンヌ 2016年 ベルギー/フランス 106分
郊外の小さな診療所にいるジェニーという若い女医は、やがて大きな病院に勤務するらしい。それまでの間、知人で初老の男性医師の代わりにこの診療所にいることがわかる。診療所には若い研修医の男性もいる。ジェニーがこれから異動する病院の歓迎パーティーに向かう夜に事件が起こる。
この映画は、よくわからない事と描くべき細部が絶妙のバランスで点在する。例えばジェニーは聴診器を当てて患者の音を聴く。その音は我々には聞こえないし、ジャニーが何かを感じたことだけはわかる。聞こえないけれども、そのやり取りは細部まで描かれていて、患者と医者とのやり取りは事件の解明のための手段だったことがわかる。ジャニーは患者の微妙な動揺や反応を聴いていた。
わからない事といえば、ジェニーのことはほとんどよく解らない。何者なのか? プライベートな空間もほとんど描かれていない。ストーリーから見えること以上の情報は意図的に隠されている。それは、物語全体の約束事のように機能している。周囲の人物も実はよく解らない人たちだ。患者の少年もその両親も、被害者もその姉も、若い研修医の行動も、そしてこの診療所も、内部は何度も描かれるが、外観もほとんどドアしか現れないし、どこの町なのかもわからない。ジェニーがここを手伝っている経緯もよく解らない。ジェニーが行くはずだった病院も細かいことはわからない。ジェニーと周囲の人達は、こんな絶妙なわからなさに包まれている。その奇妙な空間で、理由の分からない殺人が起こっている。
見終わった後の、不愉快ではない後味の悪さとその不思議な感覚は、演出の策にハマった者が感じる映画的な動揺だと思った。
本気で嫌だと言っているヒトたちと、今ここにいるのは自分というヒトではない、と思い込もうとしているヒトたち
『標的の島 風かたか』
監督:三上智恵 撮影監督:平田守 2017年 119分 DCP・BD
昨日(2017年4月10日)、『標的の島 風かたか』を観てきた。帰路、様々なことを考えた。何もできない自分に苛立つよりも、この映画で描かれている人たちの長い道を想った。『標的の村』も『戰場ぬ止み』も、今回も、地域に生きる当事者たちの姿が描かれていた。事態は悪化しているだけだった。ゆっくりと、じっくりと。この映画を観たことを、そしてこの映画で知ったことを知人や学生たちに伝えようと思った。今日のニュースでは、アメリカ軍の艦隊が朝鮮半島に集結しているという。アメリカ軍が留まっている先には、北と南を隔てる境界線がある。1953年に合意された休戦協定による軍事境界線が、アメリカ軍の防波堤になっている。
沖縄にはどうして、辺野古、高江の基地やヘリパッドの建設に賛成の人や反対をしない人がいるのだろうか?と、素朴に思う人がいるだろう。それは、原発にしても同じだ。賛成か反対かというふたつの立場だけではなく、「どちらかと言えば賛成・反対」という意見もあるだろう。「関係ない」という人もいる。「知りたくない」という人もいる。そうだ。知りたくない人が知らないように、関係ないと言う人が関係しないように事が運んでいる。だから、この映画で伝えられるアメリカ軍の「エアシーバトル構想」も知られてはいない。日本全土と奄美、沖縄本島、宮古島、石垣島、台湾へと続く大きな弧は、中国と対峙する防衛ラインとして設定されている。防波堤=風かたか。地域を守る「風かたか」になろうと抵抗する人たちと、中国の軍事的脅威を唱え暴力的に築かれる防波堤。
宮古島の自衛隊基地建設や石垣島のミサイル基地建設は、住民たちを二分する。これまでにも、何度も見てきた住民同士の対立がここでも繰り返される。「反対する人たちはどうして自衛隊が来るとすぐに戦争と結びつけるんだ! 中国の脅威に対する防衛手段だ!」と防衛省のようなことをいう人たちがいる。「日本軍は沖縄の人間を守らなかった。軍隊に殺された人もいる!」と、沖縄戦の記憶を辿る人たちがいる。もちろん、基地建設と自衛隊員の流入で金銭的に潤う人たちもいる。だから、対立するのはいつも当事者たちだ。原発立地に人たちも、ダム建設立地の人たちも、公害病の地域の人たちも。同じ地域で暮らしてきた人たちが、激しく対立する。
この映画が描いているのは「反対」を主張する人々ではない。その土地に生きていて、そこで暮らし続けたいという人たちだ。ずっと、その土地を愛してきた人たちが、「嫌だ」と言っている。どんな人が嫌だと言っているのか? この映画を見ればわかる。人が本気で嫌だと言っている言葉を、至近距離で聞いている機動隊の隊員たちは、暗示にかけるように、人ではないふりをする。この若い隊員たちは「沖縄で過激派や活動家たちが、ヘリパッド建設を妨害しているから排除してこい」と言われてきたはずだ。そこにいたのは、本気で生きている住人たちだったはずだ。もちろん、県内の他地域や県外から支援に来た人もいただろう。彼らは同じ痛みを少しでも共有しようとしている人たちに見える。みんな同じように、力強い怒りの眼をしているからだ。警察や機動隊員も、地元では正義感のある若者なのかもしれない。この映画は、だから悲しい。
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