作者と会い話を聞くことで、描かれた事象が少しずつ連鎖して繋がり広がっていく
第23回平和・協同ジャーナリスト基金賞贈呈式(2017.12.9)に参加しました。2013年から映像部門の作品選出のお手伝いをしています。毎回、式の冒頭で代表の岩垂弘さんがお話されます。「この会が授賞式でなく贈呈式なのは、優れた仕事をされた皆さんに、どうか賞をもらっていただきたいからです」と。活字でも映像でもテレビでも、ジャーナリズムの危うさが伝えられる今、優れた仕事に敬意を表し、続けていただきたいという願いが込められている賞です。
活字部門の作者にもお会い出来る機会なのですが、その時には著作や記事を読んでいないので、ちょっと残念です。会場においてある書籍や新聞のコピーを見ながら、購入できるものは購入し後日読むようにしています。その中でシンガーソングライターの清水まなぶさんの活動はとても興味深いと思いました。今回の対象作品は『追いかけた77の記憶 信州全市町村戦争体験聞き取りの旅』(信濃毎日新聞社)です。清水さんは、自身の祖父の戦争体験を聞き、その話にメロディーを付けて歌うということを始めたそうです。それが今回の著作のきっかけであったと話していました。学校を巡って講演会や歌を歌う活動も続けているそうです。何が興味深いかというと、授業で戦争や沖縄の話をしたり、映像を観せていると二通りの意見が出てきます。「勉強になった、知らないことがわかった」。もうひとつは「見るのが辛い」「戦争を知ることの大切さはわかるけど、伝え方があざとくて押し付けがましい」というものです。戦争をストレートに伝えることに拒否感を示す理由も解ります。しかし、そのことが曲がったナショナリズムやヘイトにつながっていかないか? なんとなく現状維持で現政権支持になっていないか? こうした懸念は常にあります。戦争体験を聞きそれを自分というフィルターを通して歌にするという活動は、古いスタイルかもしれないけれども、入り口のハードルを下げてくれると思いました。
また、広島市立元町高等学校創造表現コース・美術部の皆さんの「被爆者の体験を絵で再現する活動」は10年間の作品集が会場にありました。この活動も若い人に語り継ぐひとつの切り口だと思います。学校の活動として戦争体験を聞き、研究発表のような形でまとめるという話はよく聞きますが、その話を画で再現するとなると、作品化する際の解釈や表現が必要です。体験談の細部と向かい合う時間も労力もより多く費やすことになったでしょう。担当の先生とお話して、一般には販売していないという作品集を送っていただけることになりました。「南洋の雪」(朝日新聞高知版連載)の西村奈緒美さんとは、水爆実験で被ばくしたマグロ漁船の漁師が労災申請をしているその後のお話を聞きました。この連載は映画『放射線を浴びたX年後』『放射線を浴びたX年後2』や南海放送での番組で扱われた、いわば「隠された被ばく漁船」の漁師たちに、別の角度からプローチされた話だそうです。番組では労災申請をし始めるところまでが描かれていますが、現在でもその活動は継続しているということでした。西村さんもお若い記者です。現在は東京に戻られているそうですが、この件の取材は続けてほしいと願っています。
今回は映像部門からは、大賞:『抗い —記録作家林えいだいー』監督:西嶋真司、奨励賞:『被ばく牛と生きる』監督:松原 保の2作品が選出されました。いずれも、今年を象徴する大切な作品だと思います。
僕が今年の漢字一字を選ぶとすれば、まさに「抗」でしょうか。多くの人たちが様々な問題に向き合い、理不尽な仕打ちに「抗い」、しかしその抗いは、油断をすれば忘れられ、また、大きな力によって踏みにじられようとしています。この映画に記録された事実は、絶対に忘れ去られてはならないものです。
『抗い —記録作家林えいだいー』の製作はRKB毎日放送です。ここ数年、各地のテレビ局の取材から劇場公開される映画が増えていますが、僕の知る限り、九州発は長崎放送の『五島のトラさん』に次ぐ2作目だと思います。もっと、この動きが加速してほしいし、テレビ番組だけではなく、九州から優れたドキュメンタリー映画を発信してほしいと思います。
『抗い』は、筑豊地区や福岡県だけの問題をではありません。戦争と侵略に翻弄された朝鮮人労働者や軍人、その妻や家族、多くの負の歴史を語ります。目を背けてはならないと思います。必ず、同じようなことを考え、ヒトを踏みにじろうとする人間が現れますから。それは個人ではなくて、組織であり、企業であり、資本家であり、国を動かす政治家です。その大きな力に抗い続けた林えいだいさんが、2017年9月1日に肺がんのため亡くなられました。北九州の公害問題をはじめ、朝鮮人の強制連行と強制労働の問題に最後まで向き合い、重要な著作を多く残された記録作家が、またひとり鬼籍に入られました。日本の歴史の暗部を、けっして風化させてはならないという強い思いを、今、引き継ぐ時だと思います。
『被ばく牛と生きる』も、福島で被ばく牛たちを「生かす」と決めた畜産農家の抗いであり、戦いの記録です。もちろん、牛だけでなく、猿やイノシシやアライグマやハクビシンや、鳥や魚も被ばくしましたが、この映画では牛に絞り込んで、原発事故からの長い戦いを記録しています。他の映像でも幾度も紹介された「希望の牧場」の吉沢さんの絶対に諦めない姿勢が長期取材から伝わってきます。長期化する問題に資金的にも体力的にも苦しい畜産農家の人たちは、「生かす」ことからの離脱もやむを得ないと思います。そうした牧場からも可能な限り牛を引き取り、野良となった牛も保護して生かす。本来は食われ、乳を搾られるはずの牛たちからは、食うことも乳を絞ることも、皮を取ることも出来ない。繁殖も許されず去勢され、ただ生きることによってその生体を、研究の検体にしているのです。事故がなくても食うために出荷された運命だから、殺処分に同意して補償金をもらえばいいという意見もあります。しかし、牛を育てて人たちは、それは違うのだという。無意味に殺すことにはどうしても同意できないという気持ちは、映画を観る人には解らないかもしれません。それでも、その思いを、身銭を切って貫くことくらいは許されてもいいのではないかと思います。
劇場公開された他の作品にもそれぞれの厳しい「抗い」が見られました。『標的の島 風かたか』(監督:三上智恵)は、今、この時も続いている沖縄の戦いを記録し続けています。「風かたか」が防波堤であることの二重の意味(米軍の戦略的防波堤と米軍に対する住民がつくる防波堤)が痛みを伴って伝わってきます。『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』(監督:佐古忠彦)は、現在の沖縄の怒りを、かつて沖縄の声を代弁したリーダーを描くことで再認識させてくれました。沖縄が置かれた現在の状況は、これまで、「米軍の事故や暴行に抗議して、何回県民大会やっても、何も変わらない」「どうせ、日本政府が決めた通りなってしまう」という絶望的な諦念の意識から、「もう、我慢の限界を超えた」という大きな怒りのエネルギーに変わっているように思われます。それでも、相変わらずの無関心を装う本土の、同じ日本国民に対して、この映画は一つの道筋を示しているようのも思われます。亀治郎のようなリーダーが必要だ、と。『夜間もやってる保育園』(監督:大宮浩一)も、まさに現在の政治的な課題を、保育する側と預ける側の共同作業の姿によって浮き彫りにしていました。
今年も8月6日前後には原爆をめぐり、終戦の前後には戦争の記録や記憶をめぐるテレビ番組が放送されました。例えば『原爆が奪った女子学生315人の青春 〜アメリカ「極秘文書」に隠された真実〜』(テレビ朝日)では、アメリカの報告書『日本における原爆の医学的影響』から「極秘文書」の巻を発見し、広島にある安田高等女学校の詳細な死傷者報告が、構造物と死傷者数の分析に使われていたことを暴きました。学徒動員による工場の配員を把握していた学校に報告された死傷者の数は、医学的な問題としてではなく、次の戦略に役立てられていたのです。機密文書や戦時の日誌などを詳細に掘り起こし、新たな事実を報じた番組もありました。これらの番組の制作者たちも、核問題や戦争を何度も問い直している人たちです。原爆を扱った番組は、広島や長崎でも年々制作する環境が厳しくなっていると聞きました。視聴率が悪くなっているそうです。それでも、新たな事実と向かい合い、伝えようとしていた制作者に敬意を評します。
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